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12月21日の日本史Bの問題の解答及び解説です!その1

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家庭教師のLNSです!

 

 

 

12月21日の日本史B問題の解答及び解説です!。

 

 

 

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問1

国際連盟を脱退した後、孤立した日本は、1936年

コミンテルン(国際共産党)の活動に対する共同防衛

措置を規定した協定をドイツと結んだ、これを何と呼び

ますか? 

 

 

解答 : 日独防共協定(にちどくぼうきょうきょうてい)

  です。

 

 

解説 : 1933に国際連盟を脱退した日本と同じ年に

  ドイツも脱退をしました。当時、日本とドイツは対

  共産主義(主にソ連)を仮想敵国としており、利害

  が一致していました。中国と戦争をしていた日本

  しては中国を応援するドイツとの関係を深める事に

  反対を唱える人々もいましたが、ドイツのヒトラー

  を中心に推進され、1936年ドイツの首都ベルリン

  で結ばれました。

 

 

 

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問2 

日本は仮想敵国であるソ連と、1938年から1939

年にかけて紛争を引き起こし、いずれも敗北しました。

ソ連国境東部の国境不明確地帯での紛争の名前と、満州

西北部での満蒙国境地帯での紛争の名前をそれぞれ挙げ

てみましょう。

 

 

解答 : 張鼓峰事件、ノモンハン事件です。

 

 

解説 : 現在もハサン湖という名前で知られているロシア

  連邦内の湖周辺は旧満州国と旧ソ連との間でどこを

  国境とするかで揉めていた地域でも有りました。

  1938年7月12日、突如ソ連の部隊が湖の西側

  に攻め入ります。これをきっかけとして日本軍とソ

  連軍は衝突、事実上の日本の敗北となりました。この

  事件が張鼓峰事件です。張鼓峰事件の後、日本とソ連

  の間で度重なる国境をめぐる小規模な事件が連発しま

  す。現在の中華人民共和国内モンゴル自治区とモンゴ

  ル共和国の東部部分でのハルハ川周辺をめぐって

  1939年5月~1939年9月までの4ヶ月間もの

  間実質的な戦争が起こりますこれをノモンハン事件

  呼びます。

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